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飽きてきたら逆立ち

     2006-11-02 : エッセー

 「飽きる」にはどんな意味があるのか。飽きることができる個体のほうが生存に適していたということだろう。自然選択の結果、人間の飽きっぽさは強化され、洗練されてきたと考えれば、私は進化の頂点に立っていると自信を持って言える。

 ここのところ週末は紅葉を求めて山へドライブ。夕食は近所の和食屋さん。盛り付けに使うというので真っ赤な落ち葉を沢山拾ってきて差し入れたのだが、落ちていた葉は翌日には色が変わってしまうらしい。落ちる前に枝ごと持ってこなくてはいけないようだが、これには一寸問題がありそう。

 この店はいままで月に一回程度利用し、とっても気に入っていたのだが、ここのところ3週連続してかよったのだが、どこかおいしくない。

 飽きてきたのだろうか。飲食店でおいしいものを食べるには通いつめて特別扱いをしてもらうしかないという方針で人生をやってきたのだが、戦略に誤りがあった可能性がある。

 同じものを食べ続けることを避けさせるため、飽きるという機能があるというのが、この経験から得られた結論である。パンダとかコアラには飽きるという概念はないのだろう。飽きっぽい性格と散々言われてきたが、ほめ言葉だったとは。

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確かに飽きるのは必要

雑食動物の栄養バランスを保つために「飽きる」機能が発達したというのはおもしろいですね。でもいったん飽きると元に戻ることは少ないという現実はどう解釈すればよいのでしょうね。

確かに仰せのとおり

 それでは、新しいことに取り組むよう仕向けるため飽きるという機能が発達したというのはどうでしょう。飽きるために進化が加速されるのです。それとblogのタイトルを「思いつきばっかり」に変えようかな。
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