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青いローズマリーの思い出

     2010-09-29 : フィクション
 駅に向かって歩いていくと、古い木造アパートの前を通る。私がまだ高校生だった40年ほど前までここは養鶏場だった。そのうちまわりに小さな家が建ち始め、鶏糞の匂いに苦情が出たらしい、まさしく鶏小屋のようなアパートに立て替えられた。

 そのアパートの直ぐ前に、小さな庭のある、白い家が建っていた。老夫婦が住んでいたその家の庭には香りの良いハーブがいつも花をつけている。アパートの住人たちはその家をラベンダーハウスと呼んでいた。

ローズマリー



 会社に入りたての頃、休日の昼間に犬の散歩しながらラベンダーハウスの前を通ると、いつも老夫婦が庭の手入れをしている。そのうち一言、二言と言葉を交わすようになり、その青い花はラベンダーではなくローズマリーだと教えてもらった。ラベンダーもローズマリーもまだあまり知られていなかった30年位前の話だ。

 色々なハーブが植えられた庭の中で一番大切にされていたのが、ご主人がヨーロッパに駐在していたときに集めたローズマリー。その中でも、白く塗られた鉄の垣根の間から枝が大きくはみ出していた、青い花をつけるローズマリーが一番のお気に入りだと言うことだった。この青いローズマリー、ヨーロッパで栽培していたときはこんなに匂いがしなかったのに、日本の土が良かったのか、すばらしい香りになったという。

 剪定したローズマリーの枝をご主人にいただき、部屋の中につるした時の香りは忘れることが出来ない。それほど強くない、柔らかい香りだが決して鼻を麻痺させない香り。つるされた枝からは常に、かすかにだが確実にその匂いを感じることの出来る香りが部屋中に広がる。それが何週間も続くのだ。


 それから私の仕事が忙しくなり、休日も無い状態が何年も続いていた。そして久しぶりに休みが取れた暑い日に一人で散歩がてらラベンダーハウスの前を通ったら、庭のハーブが全部枯れている。ローズマリーも見る影も無い。後で聞いた話だが、1年半前にご主人が亡くなり、元気をなくした奥様は家の中に引きこもりがちだったらしい。


 それからは朝早く出勤する時、気をつけて見るようになったのだが、5年くらい経った頃からラベンダーハウスの庭に少しずつ緑が戻りはじめた。娘の手を引いて散歩の途中、元気を取り戻した老婦人とまた声を交わすようになったのはしばらく経ってからだった。昔育てていたハーブは全部元通りになったけれど、あの青いローズマリーだけは二度と芽を吹くことは無かったと老婦人は寂しそうにつぶやいた。あの繊細な香りのローズマリーは二度と手に入らない。だからもう決してローズマリーは植えたくないという彼女の気持ちはよくわかる。


 ところがそれからしばらく経ったある日、白い垣根の下に30センチくらいの背丈のローズマリーの苗が植えられているのに気がついた。匂いを嗅いでみると、どうしてもあの青い花のローズマリーとしか思えない。

 これもあとから聞いた話だが、ある日、老婦人のところに鉢に植えたローズマリーが届けられたらしい。ラベンダーハウスの前のアパートに住んでいた女性は、日に日にローズマリーが弱っていくのを見ていることが出来なくて、道にはみ出していた短い枝をそっと折り、彼女の狭いベランダにおいてあった小さな鉢に挿し木をして、大事に育てたのだという。

 鉢についていたカードには「おばあちゃんがだんだん元気になってきたので、青いローズマリーを返す時期が来たと思いました」と書いてあったと話す老婦人の笑顔を忘れることが出来ない。


 会社を定年で辞め、毎日のんびり散歩している。ラベンダーハウスのあった場所は今、貸し駐車場になっている。アパートはまだある。





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Unknown

ハーブを通しての心温まる交流、とてもよいお話でジンときました。
アパートの女性のお手紙にも感動しました。
ハーブを愛したご夫婦は既にお亡くなりになっていることでしょうが、人々の思い出に残る素敵な生き方をされましたね。
でも何よりも、kumasanの観察力と感性がなければ市井の片隅で埋もれてしまうお話です。
ここはやっぱり書き手のkumasanがお見事!

Unknown

nihao様、

いつか、アパートにお住まいの女性のお話しもしたいと思っています。四畳半と台所だけのアパートに30年近くお一人で住んでいる彼女、穏やかな表情からは想像もできない過酷な人生を送ってこられたようです。お話を伺うたびに謙虚な気持ちにさせられます。
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